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山古志村の復興住宅 [ものづくり]

土曜日、東京建築士会が主催するシンポジウム 「阪神淡路大震災・その後の報告~災害に強いまちづくり~」に行って参りました。まずは、特に印象に残ったお話を。

アルセッド建築研究所の三井所さんhttp://www.jcarb.com/KenchikukaShousai_8747547.htmlによる、2004年の中越地震で被害を受けた旧山古志村での復興住宅計画には、とても感銘を受けました。

復興住宅というと、すぐに何とかしてほしいという思いもあるわけで、短期間ですぐ建設できる工業化された住宅が相応しいと考えてしまうところ。だけれど、住宅というと、その集落の中では一大産業であるわけで、大工さん、左官屋さん、設備屋さんにとっては大事な食いぶち。外からの技術で一気に作ってしまうと、住宅の仕事にかかわる人たちの職を奪うことになるし、また、彼らが理解できない工法でつくってしまってはメンテナンスは出来ません。彼らが食べていけないとなると、家の修理をしてくれる頼みの綱が切れてしまうことになります。住まいとしても、これまであった住まいとは全く違うものが出来てしまうことになり、山の風景が変わっってしまうわけで、なにより、民家が備える地域に根ざすことで貯えられた知恵の結晶を捨ててしまうことになります。

三井所さんの山古志での復興計画は、この地元の産業を持続可能なものとし、古くからの民家の知恵を生かしたものを作るというもの。大工さんの技術で作れるものをつくり、また、一気に作るのではなく、2階の床を作らない、仕上げの漆喰を塗らない、など未完成にしておき、職人さんの手が空いたら作っていくというもの。復興住宅を作った後は大不況が来るという、駆け足の復興計画ではなく、従来のスピードに戻そうとするもので、この秋、2棟が竣工したようです。(http://blog.goo.ne.jp/tiikiken/e/05ed778dfdd1a705283b12b8d588aba0←新潟の建築士の方のブログです。)

地域の人たちが潤い、これから先もこれまでと同じ循環を保てる、まさに、地域復興とはこういうことなのだと、目から鱗の思いでした。一方で、自分の体を整えるのと同じように、建物も時々メンテナンスするのが長く付き合うコツ。むしろ、メンテナンスの出来ない、メンテナンスをしてあげようという意欲のわかない建物をつくることは、建物を作る人のエゴではないかと私は常々思います。目の前のものづくりに飛びつくのではなく、その裏の産業や社会にまで目を向けて提案を行う三井所さんの姿勢は、まさに憧れであり目指したいところ。社会に影響を及ぼしてしまうのが建築であり、良い影響を及ぼす可能性を持つものが建築であると思うのです。

長岡市では、「(財)山の暮らし再生機構」 http://www.yamanokurashi.jp/limo/modules/tinyd0/content/index.php?id=1として、山里の魅力を発信する、10年の期間限定復興事業を2007年4月に立ち上げたようです。ブログも少し覗いてみましたが、山里の魅力的な活動を見ることが出来ます。http://www.yamanokurashi.jp/limo/modules/wordpress/ 地方ならではの、ゆっくりとした時間を大切にした復興が進みつつあるようです。何も急ぐことは無いのです。ゆっくり元気を取り戻して、元の豊かな生活に近づければ良いのではないでしょうか。


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